研究

顕微鏡開発

 電子顕微鏡を用いて生体サンプルを観察する際の最大の問題は、サンプルが電子ビーム衝撃によりダメージを受ける事である。出来るだけダメージを低減するためにサンプルを氷包埋した場合でも、エネルギー100 keV~300 keVの電子ビームではサンプルの破壊が顕著であり、単位面積当たりに照射できる電子ビームの量が制限され、得られる解像度は顕微鏡本来の解像度より遥かに悪くなる。そこで我々は、低エネルギーの電子ビームを用いてダメージを減らし、より多くの電子をサンプルに照射することでS/Nを改善し、高分解能の観察を実現する可能性を探ることとした。

 注目したのは走査型電子顕微鏡(SEM)の分野である。近年、SEMでは走査電子の低エネルギー化が進んでおり、加速電圧1 kV以下で 2 nm分解能を持つものまで登場している。これは市場にセラミックやプラスチックなどの絶縁体を高解像度で観察したいというニーズがあり開発が進んだものである。特に500 V以下ではサンプルを金コーティングしなくても帯電の問題が発生しない事が知られており、 生命科学を含む広い分野で低エネルギーSEMが利用されるようになってきた。

 Matthias Germannらの研究報告(Nature 2009)によると、真空中でカーボン膜に張ったDNAのワイヤーに対して低エネルギーの電子ビームを照射し、その耐力を測定したところ、300 V以下では非常に大きな耐力を示した。電子の許容照射量はÅ平方あたり10^6個と、透過型電子顕微鏡を使用する場合より10^5 倍も大きいので、この低エネルギーの電子ビームを用いれば高解像度の観察が可能となるはずであるという報告であった。また電子のエネルギーが低くなると軽元素に対するコントラストが向上するので、生体サンプルの観察が容易になるはずである。

 しかし、技術上の最大の問題は、低エネルギーの電子ビームは電子散乱の散乱角度が大きく、対物レンズの中で電子軌道が大きく広がって収差の影響が大きくなり像がボケてしまう事である。そこで対物レンズを使用せず実像を得るホログラフィーに挑戦することとした 。もともとホログラフィーは、Dennis Gaborにより1940年代に電子顕微鏡の対物レンズの収差の問題を解決するために提案されたが、電子顕微鏡では技術的な問題から目的の成果が得られず、1960年代になってレーザーが発明されると、光学的な3次元像の記録や微小変位測定、ホログラムによる情報圧縮技術として目覚しく発展した。これによりDennis Gaborは1971年にノーベル物理学賞を受賞している。私たちは70年も前の実現されなかったアイデア、ホログラフィーによる電子顕微鏡の開発に改めて挑戦しているわけである。

 装置は、高性能電子銃を搭載したSEM鏡筒を用いる。回転可能なステージに冷凍凍結した生体サンプルを乗せ、SEM鏡筒の低エネルギー電子ビームにより、通常のSEM像モードによって全体像を把握する。次に、FIB(収束イオンビーム装置)によりサンプルを数10ナノメートルの薄片に切り出す。薄片の一定位置にSEM鏡筒からの低エネルギー電子ビームを照射し、サンプルを通過して散乱した電子ビームを下流に準備した二次元電子検出器にて観察し、電子散乱データを取得する。数値処理により位相回復、逆フーリエ変換により顕微鏡像が得られる。数オングストロームの原子分解能が期待される。現在、散乱電子の輸送系、ビーム収束システム、エネルギーフィルターなどの開発設計を行っており、2013年末には完成の予定である。

 この装置が完成すると、次のように幅広い研究が実施可能となる。
 (1) DNAやウイルスの直接観察、(2) 生体分子の2次元結晶の構造解析
、 (3) 膜タンパク質の微細結晶による構造解析
  
 (4)氷包埋した細胞など生体サンプルの構造解析、
 (5) カーボンナノチューブやフラーレンなどのナノ粒子の精密な観察などである。このように、生物、物理そして工学の分野に広く貢献できることが期待されている。


海洋エネルギー開発

 我々は、巨大なエネルギーを秘めた海流から無限のエネルギーを取り出す遠大な技術開発を行っている。乗り越えなくてはならない課題は多い。この技術は大規模の潮汐流発電にも応用できる。四方を海に囲まれた日本だからこそ本格的に取り組むべき技術と考えOISTでその開発に取り組んでいる。日本は四方を海に囲まれていることは言うまでもないが、実は、世界一安定な強い黒潮が日本の南を流れているという最適な立地条件をもつ。その源は赤道の北側を西向きに流れる北赤道海流に起源を持ち、台湾と石垣島の間を北に抜け、東シナ海の沖縄トラフを流れ、九州の南西で方向を東向きに転じトカラ海峡を通って日本南岸に流れ込む。 沖縄近海では、石垣島西域、北ではトカラ列島付近が最適である。平均の流速は 1 ~ 2 m/secであり、風に比べ遅く、風力発電のようには大きな電力が得られないように思われるかもしれないが、そうではない。水は空気の800倍の密度があり、水の流速 1 ~ 2 m/secは風の8~16 m/secに相当するエネルギーを持っている。つまり台風並みの風が黒潮の中を毎日、昼夜を問わず 吹いていると考えても良い。

◎ 浮体方式の発電タービンを開発する

 海面付近は台風などの波浪により発電機が破壊される危険があるので、気象の影響を受けないように例えば水深 100メートル前後の位置に発電を設置する。しかし海流が流れる場所の海底は数百メートルと深いので、 海底にアンカーを落とし、そこから凧揚げのように発電機を浮かせる浮体方式が現実的である。

 図のように、頭部に浮力体を持ち、底から下に伸びた胴体に風車のような3枚翼のローター。海底からのケーブル3本または4本の分岐にて固定。ローターのピッチは可変。実機のローターは現在最大級の3MWクラスの風力発電機と同規模の直径80m。ピッチをOFFにしてローターの回転を止めると、海流からの抵抗がなくなり、浮力により海面に浮上。上部のメンテナンスハッチから、制御系、内圧用の圧縮空気ボンベ、観測機器等のメンテナンスが可能。ピッチをONにすると、海流によってローターが回転を開始し、ローターが発生する揚力(流れから見ると抵抗)によって、下流へ流される力が発生する。海底からワイヤーで牽引されているので、下流へ流されながら、海底へ潜行する。目的の水深に達すると3本の牽引ワイヤーの長さを制御して、本体の姿勢を上向きまたは下向きに制御して水深を自動的に保持する。一方、ローターの回転力はもちろん発電に使用ブレードの回転速度は30秒間に1回程度。先端速度は時速 20 km/hであり、イルカ等の泳ぐ最高速度50 km/hに比較して十分に遅く、魚類等のブレードとの衝突を十分に回避できる速度と推定される。流速 1.3 m/secでの出力は 3 MW以上ある。

◎ 原子炉一基の出力 100万kWを供給するには

 上記の海流発電機300台を、例えば和歌山県潮岬沖20km付近に設置すると、海流1.3 m/secの黒潮の中で、1000 MWすなわち100万kWが定常的に得られる。送電は、海底ケーブルを使用する。アンカーや送電ケーブルは、現在NEDOが行っている洋上風力の技術開発の成果が転用出来る。なお発電機胴体やブレードには時間の経過とともにフジツボや海藻が付着するので対策が必要である。環境への影響が無い方式の開発が重要な研究テーマである。

◎ スケールモデルを用いた試験

 OISTでは2012年からスケールモデルの開発と、曳航プールでの性能試験、海上での安定性試験などを行っている。今後さらに、アンカリングの最適化や、乱流に対する回復性能、フジツボ付着による性能低下を試験するとともに、高耐力のブレード、高性能発電機の開発を行う。


直径2メートル(1/40スケールモデル)。
OISTキャンパス近くの真栄田沖にて洋上試験を実施(2012/09/05)。