2015年度年次報告

量子波光学顕微鏡ユニット

教授 新竹 積

 

要約

1.本ユニットは低エネルギー電子線を用いた回折電子顕微鏡と電子線ホログラフィーの生成の研究開発を行っている。数KeV ~ 数十KeVエネルギー電子線と位相回復法を用いて、生体サンプルを損傷なくサブナノメートル分解能で観察できる電子顕微鏡の開発を目指している。これまで本ユニットは日立ハイテクサイエンス社と30keVSEMをベースにした回折型電子顕微鏡の共同開発を行い、電子線回折の回折パターン生成と検出用鏡筒の開発を本ユニット単独で行った。
2015年度はインーライン型ホログラフィー法を用いて金粒子のイメージングを行い1ナノメートル程度の分解能を得た。また生体試料用サポートフィルムとしてグラフェンを用いることを目指し、グラフェン膜表面のクリーニング手法開発、並びに環境型TEMによる膜表面解析を行った。

2.再生可能エネルギーの1つとして海流発電を提案している。我々の海流発電機は海の中層に係留したタービンで海流を受け,海水の運動エネルギーを電気または別のエネルギーに変換する。海流発電グループではこれまでに曳航試験,回流水槽での係留試験などを行い,基本原理の検証を行ってきた。2015年度は主に2つのことを行った。1つ目に中層浮体による海中での浮体の運動観測と潮流の観測。2つ目に10kW試験機のナセル部分の基本設計を行った。

1. スタッフ

  • 白澤 克年、スタッフサイエンティスト
  • ​キャッセディ カハル、スタッフサイエンティスト
  • 平井 照久、スタッフサイエンティスト
  • 安谷屋 秀仁、ポストドクトラルスカラー
  • 山下 真生、ポストドクトラルスカラー
  • チャン  マーティン  フィリップ、ポストドクトラルスカラー
  • ​武部 英樹、技術員
  • 藤田 潤、技術員
  • 南 潤一郎、技術員
  • カラレ チョラ、OIST PhD Student
  • アンクル ダール、OIST PhD Student
  • 田場 仁美、リサーチアドミニストレーター
  • 下嶋 亜由美、リサーチアドミニストレーター

2. 共同研究

2.1 テーマ:海流タービンの開発

  • 共同研究の分類:共同研究
  • 研究者:
    • 岩下英嗣 教授、広島大学

2.2 テーマ:​電子顕微鏡用TEMグリッドの研究

  • ​共同研究の分類:共同研究
  • 研究者:
    • 水野潤 教授、早稲田大学
    • 桑江博之(修士2年)、徐秉陽(大学4年)、早稲田大学​

3. 研究成果

3.1 電子顕微鏡開発グループ

1:回折型電顕イメージング手法の開発

コヒーレントなビームより得られた回折像に位相回復法を繰り返し行うことによって、回折像の位相を確定し実像を構築することは原理的に可能である。この方法は対象物体が二次元構造のみの場合には回復した位相は一意的であり、正確な実像が構築出来るが、対象が三次元構造を持つ場合は位相が一意的に回復出来ない。通常の生体試料観察では入射電子線による試料ダメージが問題となり、ステイン法などによりダメージ防止がとられるが、ステイン粒子サイズに分解能が制限ざれる。また通常TEMによる氷包埋試料観察では平均化処理により高分解能を得られるが、膨大なイメー処理が必要となる上、対称性を持たない生体試料には平均化処理は不適当である。これらの問題を避け,かつ単粒子観察を可能とするため、本研究室では、これまでSEMと加工用の収束イオンビーム(FIB)を備えた走査型電子顕微鏡DMF4000の開発を行ってきた。また数キロ電子ボルト以下の電子線回折パターン取得が可能な検出器鏡筒の開発も行った。この検出器鏡筒は独自の電子光学と8k8kの二次元CMOSセンサーを特徴とし、これによって低エネルギー電子の原子間距離レベルのブラッグ回折パターンの取得が可能となる(Fig.1)。本年度は10keV~20keV電子線を用いたフレネル領域のインラインホログラフィー法を試みた。この手法は振幅と位相の再生が一回の逆変換と数回の位相回復ルーチンで可能であり、一般のフラウンホファー回折の像再生と比較して容易かつ安定であることが分かった。この手法で金ナノ粒子を観察し、1ナノメートル程度の分解能で像再生が可能となった。またこの手法では、位相部変化が従来の高エネルギー電顕による観察に比べてより明解になり、実部と虚部の相補的な寄与により高分解能な生体単粒子観察が可能になると期待される(Fig.2)。

Figure 1.  上段:OIST回折型低加速電子顕微鏡、下段:インラインホログラフィー電子光学軌道

Figure 2.  左図:金ナノ粒子のホログラフィーパターン 右図:再生像

2:生体試料サポート膜としてのフリースタンディンググラフェン

我々のユニットでは、グラフェン上に支持されたナノメーターオーダーの粒子の低エネルギー電子線ホログラフィーイメージングを中心テーマの一つとして研究を展開してきた。グラフェンは炭素一原子という究極の薄さと高い電気伝導性を有するため、上記のイメージングにおいて粒子を保持する支持膜として最適な物質である。我々はこのグラフェンを支持膜として用いる電子顕微鏡試料グリッドの作製法を最適化し、また、疎水性を示すグラフェン上に親水性のサンプル粒子を高密度に載せる効率的な方法を開発した。Fig.3はグラフェン(a)及び一般的なカーボン支持膜(b)上で撮影したバクテリオファージT4の20 kV走査透過電子顕微鏡像を比較したものである。低エネルギー電子線での透過イメージングでは、グラフェン支持膜の使用により、より鮮明な画像が得られることが分かる。

Figure 3.  グラフェン支持膜(a)及びアモルファスカーボン膜(b)上で撮影したバクテリオファージT4の20 kV走査透過電子顕微鏡像。(c) バクテリオファージT4の粒子構造。(Leiman PG et al., CMLS Cell Mol. Life Sci. 60, 2356-2370. (2003)).

 

3:フリースタンディンググラフェン転写、コンタミ除去、試料包埋

透過型電子顕微鏡を用いて生体試料を観察する際、イメージコントラストと試料ダメージからの保護が重要である。これらの要件は電子線エネルギーが下がるほど大きく影響を及ぼす。一般のクライオ電顕では氷包埋法を用いて試料からの水分離脱や電子線ダメージを低減させる。しかし氷厚み、氷質はイメージコントラストに直接影響を受け分解能の低下をも招く。この両者の制御は難しく再現性に乏しいのが現状である。これに代わるものとして、我々はグラフェン膜に生体試料を包埋する手法を研究している。今回、単層グラフェン膜をTEMグリッドに転写し、ほぼコンタミフリーの状態で再現することに成功した(Fig.4)。この手法でも二つの単層グラフェン間に包埋された生体試料からの脱水と電子線ダメージは低減される。テストケースとして、この手法を用いたタバコモザイクウイルス包埋を示す(Fig.5)。

Figure 4.  SEM像(上段)、STEM像(下段)による市販の単層グラフェンーコンタミレヴェルの比較。当研究室カスタムグラフェンはPMMAを使用せず直接グリッドに転写した。

Figure 5. 二つの単層グラフェン間に包埋されたタバコモザイクウイルス

 

4:環境型TEMによる単層グラフェン表面のin-situ分析

近年グラフェンの生成や物性解析は非常に活発であるが、TEM用の試料サポートフイルムに用いる単層グラフェンの作成と表面の有機物汚染は依然として難問題である。今回、単層グラフェン膜作成とコンタミ除去の知見獲得を目的として、真空度、電子線照射量、焼鈍温度、注入ガス種等をパラメーターとして、単層グラフェン膜を環境型TEM内で焼鈍し、膜表面の特性分析を行った(Fig.6)。

Figure 6.  左図:コンタミフリー単層グラフェン、中図:環境型TEMでの焼鈍実験
右図:焼鈍実験による単層グラフェン膜の変化、ガス種、焼鈍温度、焼鈍時間をパラメーターとした。

[1] Ferrara et al., Nanoscale, 2015 (7) 4598.
[2] Tyler et al., J. Phys. Chem. C, 2015, 119 (31), pp 17836–17841

 

3.2 海流発電グループ

観測用中層浮体

我々が開発している海流発電機は,波浪の影響を避けるため海中で動作する。2014年は,実際の潮流を測定し,浮体の運動を観測するために観測用中層浮体を沖縄県北部に設置した。中層浮体には水深計,水温計,加速度センサーが設置されている。海上には通信機器をそなえたブイが設置され,測定されたデータを大学まで送信する。更にADCPも備えており,潮流の流速・流向の鉛直方向分布を測定する。 2015年度は1年間に及ぶ観測を行い,各データを収集した。取得したデータは実機の設計などのために使用される。図1にADCPによって観測された流速とその鉛直方向プロファイルを示す。

図1,ADCPによって測定された潮流の速度と鉛直方向分布。

 

10 kWタービンの基本設計

実証試験を目的として,10 kW海流発電機(タービン)の基本設計を行った。設計パラメータを表1に示す。発電機やギヤボックスなど全ての部品はナセルの中に格納される。図2にナセルの設計図を示す。ナセルの先頭部分が係留点となる。そのためナセルはタービンの抵抗力を支える必要がある。また,上下にフロートとカウンターウェイトが接続されるため,タービンの回転トルクにも耐えなければならない。
発電機をタービンで直接駆動するギヤレス設計が伝達ロスを小さくできるため理想的であるが,海中でのタービンの回転速度は遅いため増速ギヤ(遊星ギヤ)を設置している。ナセル内部への海水の流入を防ぐためメカニカルシールを軸部に使用している。図3に,設計したタービンの3次元モデル図を示す。

図2,10 kWタービンのナセル部の設計図。

図3, 10 kWタービンの3次元モデル図。

表1, 10 kWタービンの設計パラメータ。

4. Publications

4.1 Oral and Poster Presentations

  1. ​ 水の国の日本、エネルギーは海から,新竹積,第九回グリーンILC WG, 東京 (2015).
  2. Ocean Energy Research at OIST, 新竹積,2015 International Symposium on Energy Technology and Strategy, Cheng King Univ, Taiwan (2015).
  3. 水の国の日本,エネルギーは海から,新竹積,表面・界面スペクトロスコピー2015,埼玉県 (2015).
  4. 回流水槽における海流発電ブレードの性能評価,白澤克年,南潤一郎,岩下英嗣,新竹積,第37回風力エネルギー利用シンポジウム,東京 (2015).
  5. OISTにおける海流発電機の開発 ~海がつなぐ共同研究~,白澤克年,広島大学,広島県 (2015).
  6. OISTにおける海流エネルギー発電開発の研究,白澤克年,南潤一郎,岩下英嗣,新竹積,九州大学応用力学研究所研究集会「洋上複合エネルギーファームの開発」,九州大学,福岡県(2015).