2020 Year-End Letter from Peter Gruss

友人・同僚・OISTコミュニティの皆様

年末年始を迎えるにあたり、この未曾有の状況下で、今年一年、献身的にご尽力いただいたOISTコミュニティの皆様お一人おひとりに深く感謝申し上げます。昨年、私は「これからの10年は、一年一年が絶え間ない挑戦の12ヶ月となるだろう」と述べましたが、2020年はまさにその予測通りの年となりました。予測していた挑戦に加えて、想定外の挑戦も起こりましたが、それでもOISTは大学のミッションを追求し続けてきました。私たちは多くの卓越した成果を挙げ、著しい変化の中を進み、将来のビジョンを達成するために必要な基盤づくりをしっかりと進めてきました。2020年も残すところわずかとなりましたが、私はこのような意欲とレジリエンスを持つ大学院大学の学長・理事長であることを、これほど誇りに感じたことはありません。

新型コロナウイルス感染症

2020年はコロナ禍の年となりました。世界中が衝撃を受け、人々の生活に影響が出ました。ここOISTでは、感染第一波の時には、出張や私用の旅行、すべての訪問者受け入れが停止され、私たちは孤立しました。4月21日から5月18日にかけては、国及び県の緊急事態宣言を受けて、OISTの業務を大幅に縮小しました。てだこチャイルド・デベロップメント・センター(CDC)は、10月の第2週目に、予防措置として臨時休園しました。しかし、皆様お一人おひとりがこの困難に立ち向かってくれました。新しい生活様式に適応し、Zoomをこれまで以上に活用して、OISTの勢いを保ち続けるために尽力してくださり、同時に沖縄県内での新型コロナウイルスとの戦いに大きく貢献してくれました。人事、IT、財務などの運営管理スタッフ並びにCDCの先生方のサポートには特に感謝申し上げます。

沖縄で最初の感染者が出た日から、OISTコミュニティ内で一人目の感染者が確認される日まで、7ヶ月間に渡って、学内に感染者が出なかったことは特筆すべきことです。それ以降、OIST職員で感染が確認されたのは6件のみで、そのうち1件は沖縄に到着する前の段階で確認されました。県内にいた5名については、新型コロナウイルス感染症予防ガイドラインに沿った皆様の継続的な努力に加えて、迅速な接触者の追跡と検査により、キャンパス内でのクラスター発生を防ぐことができました。これは、森朋有医師と後任の田原裕之医師が率いる保健チーム、メアリー・コリンズ博士率いるPCR検査チーム、緊急対応コーディネーターの福岡幸二さん並びに緊急対応委員会の尽力がなければ実現しなかったことであり、賞賛すべきことであると思います。

OIST Health Team

また、沖縄で新型コロナウイルスの感染が広がり始めると、直ちにOISTの研究者たちが沖縄の人々を支援する数多くのプロジェクトを立ち上げたことにも感銘を受けました。ピゴロッティユニットは、沖縄で新型コロナウイルスの拡散が抑え込めなかった場合、どのように広がっていくかを早期に予測し、北野ユニットCOVID-19分子地図プロジェクトに貢献しました。広報ディビジョンは、急遽自宅で勉強することを余儀なくされた地域の子どもたちのために、子ども向け科学ビデオを作成しました。学生のセバスチャン・ラポインテさんとサンドリン・ ブリエルさんを中心としたチームはアルコールジェルを製造し、恩納村と県立中部病院に提供しました。技術員のミチャエル・グルワルドさん、カズミ・トダ・ピーターズさん、ジュニアリサーチフェローのシェーフ・サイさんは、沖縄県が関係機関に配布する3Dプリントのフェイスシールドを製造しました。また、ダニユニットは県内各地の病院で使用するUVC滅菌装置を開発し、バンディユニットは、感染症対策効果のあるフェイスマスクを綿あめ機を使って作るという創意工夫に富んだ方法を考案し、最近その研究を発表しました。

シェンユニットはさらに研究を進め、新型コロナウイルス抗体を検出する低価格チップを開発し、ロスティユニット呼吸器飛沫の移動距離を解明しました。また、フロースユニットではパンデミックが人間の体験に与える影響を研究し、ペーボユニット新型コロナウイルス感染症の重症化に影響を与える3番染色体上の遺伝子群を明らかにしました。

OISTは沖縄に深く根ざした大学院大学です。2020年の新型コロナウイルス感染症対応において、このことがより明確に示されました。特に注目すべきは、OISTが沖縄の行政検査の能力向上に貢献したことです。私はパンデミックの当初から、さらなる感染拡大を防ぎ、経済を支えるために、沖縄県内での検査の重要性を強調してきました。この重要な取り組みを支援するため、賞も受賞した非常に効果的なPCR検査室を設置し、これまでにOISTコミュニティ内で約2,800件の検査を実施、さらに沖縄本島北部、宮古島、八重山諸島の保健所等から送られた約3,600検体の行政検査の実施を通して、本島北部や離島など遠隔地における県の検査能力向上に直接貢献することができました。また、ウォルフユニットでは、信頼性の高い抗体検査を確立しました。県立中部病院の感染症専門医である成田雅医師と共に、すでに陽性が確認されている検体を用いて本抗体検査の精度を確認し、OIST内で新型コロナ抗体検査調査を実施した後、県からの委託を受けて抗体検査を開始しました。これまでに沖縄県内の1,111検体を解析しており、今月中に新たに650検体の受け入れを予定しています。

PCR Team

2021年以降に関しては、OISTは約6,000件の抗体検査の分析を受託しています。また、PCR検査(行政検査)プログラムの第一弾を終了し、来年は県との新たな検査プロジェクトを開始する計画です。また、厚生労働省が実施する全国約600カ所の検査施設を対象とした「新型コロナウイルス感染症のPCR検査等にかかる精度管理調査」にも参加しています。2021年1月には、調査結果の公表及び調査に基づく精度管理マニュアルの配付が予定されています。これらの取り組みに対し、沖縄県玉城デニー知事からOISTに感謝状が送られました。

皆様のご配慮とご尽力は、ここOISTだけでなく、沖縄県内外に多大な影響を与えました。OISTの知名度は今年、飛躍的に向上し、皆様のおかげでOISTは沖縄のコミュニティに寄り添う重要なメンバーとして、また世界的な新型コロナウイルス研究への主要な貢献者としての評判を確立することができました。

 

キャンパス

今年はOIST経営陣にも変更がありました。ご承知の通り、前広報担当副学長のジョナサン・レイ氏は、今年、ご家族が住むイギリスへの帰国を決断しました。これまで私が一緒に仕事をした中で最も才能のある広報のエキスパートで、惜しまれる人材です。ティム・ダイス氏もまた、OISTで9年間勤め、今年、ご家族とケンブリッジに転居しました。ダイス氏はOISTにおいてITの確固たる基盤を作り、第1研究棟から第4研究棟及びそれ以降に必要とされるソリューションとインフラを構築しました。現在、これら2つのポジションの採用活動を進めており、新たな副学長任命の際には皆様にご紹介いたします。

今年もまた、理事会及び評議員会に新たなメンバーを迎えました。吉野彰氏が新たに理事に就任され、ジェローム・フリードマン博士並びに黒川清博士が退任されました。大変残念なことに、OIST設立当初から理事会の共同議長を務められた有馬朗人博士が先日90歳でお亡くなりになりました。評議員会には、新たにファイサル・マムード博士、渕辺美紀氏、桑名由美氏、菅大介博士、ジェニファー・ロジャース博士、安西祐一郎博士、ゴヴァース健二氏が加わり、土肥義治博士、ジェームス・リー・オリオーダン博士、安仁屋洋子博士、高安藤氏、和宇慶江里子氏、梶山千里博士、フィリップ・ヨー氏が退任されました。新たに就任された理事・評議員の皆様との協働を楽しみにするとともに、退任された皆様の任期中の貴重なご尽力に深く感謝申し上げます。

2020年はOISTにとって大きな成長の年となりました。新たに16の研究ユニットが加わり、アルトゥール・エカート教授、フィリップ・ホーエン准教授、フィリップ・フスニック准教授、清光智美准教授、ヴィンセント・ラウデット教授、ジーン・マイヤーズ教授(アジャンクト)、成田明光准教授、スバンテ・ペーボ教授(アジャンクト)、マルコ・エドアルド・ロスティ准教授、ダニエル・スペクター准教授、リロン・スペイヤ准教授、高橋優樹准教授、田中和正准教授、イミル・トゥベール准教授、ジェイソン・トゥワムリー教授、シャオダン・ジョウ准教授が着任しました。

また、オンブズオフィスには、アシスタント・オンブズパーソンとして山﨑万梨子さんが加わり、オンブズパーソンのジェフ・ウィッケンス教授とアソシエート・オンブズパーソンのエヴァン・エコノモ教授が、守秘義務を守ったアドバイス及び知識豊富な支援に関する追加のソースを提供するために必要不可欠な業務の範囲を拡張し、正式な手続き、外部弁護士によるホットライン、がんじゅうサービスのカウンセリングサービスを補完しています。

4月1日には第4研究棟が完成し、現在エグゼクティブの大半と20の研究ユニットが入っており、さらに4ユニットの収容スペースがあります。感染症対策のため、正式な落成式を執り行うことはできませんでしたが、第4研究棟の建設、フィットアウト、移転にご協力いただいたすべての関係者の皆様に心よりお礼申し上げます。

OISTの成長は今後も続きます。現在、第5研究棟の建設が進んでおり、CDCは園児とご家族が増え、そのニーズにお応えするために拡張され、それに伴って今年、ガバナンス及びマネージメント体制も再編されました。渡航制限がありましたが、9月には国内から20名の新入生を迎えることができ、また来年1月にはさらに42名の新入生を迎え、感染症対策を講じた上で入学式を執り行う予定です。科学研究には往々にして分野の壁が存在しますが、その壁を取り払った環境の中で学ぶために、世界中から集まってくる学生たちを祝福できる機会を楽しみにしています。今年は修了生とご家族の健康と安全を守るために学位記授与式を延期しましたが、この重要な式典をこれ以上延期するべきではありません。2021年の新型コロナウイルス感染症の状況を踏まえた上で、修了生たちを最高の形で称え、サポートする式典を来年開催したいと考えています。

 

受賞・評価

今年は、ここ数ヶ月間だけでも多くの素晴らしい成果が出ています。9月には、高橋優樹准教授とコンスタンチノフユニットグループリーダーである久保結丸さんが、2050年までに経済・産業・安全保障を飛躍的に発展させる、誤り耐性型汎用量子コンピュータの実現に向けた研究を支援するムーンショット型研究開発の助成金を獲得しました。10月には、北野ユニットと株式会社ミサワホーム総合研究所、株式会社ピューズの協働による「サステナブルリビング実験棟」が、その優れたデザインを評価され、DIA「Young Talents賞」を受賞しました。11月には、持続可能なエネルギーへの先駆的なアプローチが評価されて、新竹積教授とOIST波力発電チームがEnergy Globe Foundationの名誉ある賞「 National Energy Globe Award Maldives 2020」を受賞しました。また今月初めには、研究科が博士課程への出願者数を3倍にし、前回の学生募集活動で1500名以上の学生から出願を受けた業績が評価され、2020年THE世界大学ランキングアジアの「Student Recruitment Campaign of the Year」を受賞しています。

Shintake Award

今年の初めに、100名を超えるOISTメンバーによる1年以上の集中的な取り組みを経て、「OIST戦略計画2020」を発表しました。ケン・ピーチシニア・アドバイザーが率いるチームは、次の10年に向けてのOISTの道筋を示す包括的な文書、つまり、私たちが目指すべき大学の確かな青写真を策定するために、この大規模なプロジェクトの先頭に立ちました。戦略計画は非常に重要なリソースであり、大学のあらゆる意思決定の指針となります。策定に携わったすべての方々に感謝します。         

また、2020年はOIST財団が設立1周年を迎え、この節目を記念して、素晴らしい講演者をお迎えしてオンライン一周年祭が開催されました。OIST財団は、OISTの振興、沖縄の発展を支援し、日米間のパートナーシップを深めることを目的として設立されました。わずか1年で、財団は、OISTの科学、イノベーション、地域へのアウトリーチ活動、ジェンダーダイバーシティ、学生のイニシアチブ、さらには学内のウェルネスを強化し、OISTの資金の多様化を実現しています。デイヴィッド・ジェーンズ氏が率いるチームの支援には大変感謝しています。ぜひ、2020年慈善活動報告書 をご一読ください。

 

政府機関関係

来年OISTは創立10周年を迎えます。これまで10年弱の間に、OISTが成し遂げた発展と着実な成功は、多くの国会議員からのご支持に繋がりました。河野太郎内閣府特命担当大臣からは貴重なご支援をいただき、また、細田博之会長が率いる自民党の「OISTの未来を考える議員連盟」の確固たるご支持には深く感謝申し上げます。新型コロナウイルス感染症により日本経済は大打撃を受け、その結果として、OISTの予算は厳しく精査されました。しかし、OISTが政府関係者と深めてきた親善により、本予算190億円と研究環境整備のための補正予算約30億円を合わせて、微増となる約220億円の2021年度OIST予算が、本日閣議決定されました。この予算は、OISTの意欲的な計画すべてをカバーするものではありませんが、日本政府や国民が、OISTと今後の私たちの成果を信じ続けてくれるのは、皆様お一人おひとりの貢献によるところであり、そのことに感謝申し上げます。

Gruss and Kono

 

イノベーション

元沖縄及び北方対策担当大臣、元科学技術政策担当大臣の尾身幸次氏のビジョンをもとに形成されたOISTのミッションは次の通りです。「先駆的大学院大学として、科学的知見の最先端を切り拓く研究を行い、次世代の科学研究をリードする研究者を育て、沖縄におけるイノベーションを促進する拠点としての役割を果たす。」これがOISTであり、OISTの研究・教育・イノベーションです。今後は、OISTの第三の柱である「イノベーション」が、大学発展の次のステージを牽引していくことになるでしょう。

私たちは、沖縄に世界レベルのイノベーションエコシステムを構築しようとしています。現時点での特許取得数は132件で、現在特許出願中の件数は120となっています。また、スタートアップ企業6社の設立を直接支援し、キャンパス内にインキュベーター施設を擁しています。世界に11の拠点を持ち、アジアと米国の人々、リーダー、組織間のグローバルなパートナーシップを推進するアジア・ソサエティなど、多くの組織との協力関係も構築しています。

県内においては、地域経済に直接かつ建設的な影響を与えるパートナーシップ構築に重点的に取り組んでいます。今月初旬には、沖縄市立郷土博物館とのこれまでの6年間の協力関係を基盤として、新たに沖縄市と協力協定を締結しました。今回の提携により、沖縄市はOISTの研究成果をさらに活用して教育プログラムを提供できるようになり、地域の子どもたちに自然や環境問題を伝えるための共同研究への道も開かれます。また、OISTスタートアップ企業の新技術を活用した製品開発や販売促進での連携を推進するため、リウボウ商事と覚書(MOU)を締結しました。さらに2020年は、日立との密な連携がスタートした年でもあります。

OISTの未来は、地域経済を多様化し、沖縄の繁栄を増進するエキサイティングな未来です。キャンパスの南側の4ヘクタールの敷地には、世界中から集まった創成期・高成長企業のためのインキュベーターハブがあり、入居企業はOISTの革新的な研究、教育モデル、変革的なディープテックと密接につながり、恩恵を受けることができます。支援する大学との知的・物理的距離がこれほどまでに近いスタートアップ企業は、世界を見渡してみてもほとんどありません。このようにスタートアップ企業が、目と鼻の先にある世界レベルの研究コミュニティからリソースやアドバイスの提供を受けることができる、これがOIST独自の強みです。

さらに先の成長計画では、キャンパスの北側にある100ヘクタールの緑地に、持続可能なスマートシティを建設し、モビリティ、クリーンテック、AI、先端材料、健康医療分野における世界で最も革新的な技術のためのユニークな実証実験の場を提供し、Society 5.0の実現を目指します。そこは、人々が働き、生活し、観光客がOISTの画期的な研究を実際に見ることができる、キャンパスのまったく新しいエリアとなるでしょう。

Innovation Park Concept

科学技術の商業分野への移転を目指す際、スタートアップ企業のライフサイクルにおいて、重要なプロジェクトを立ち上げたものの、それを支える収益がほとんど、もしくはまったくない時期、いわゆる「死の谷」に直面します。このギャップを埋めるためには、ベンチャーキャピタルが必要です。この資金は、目先の利益を追求するのではなく、10年以上かかることが多いブレイクスルーを支援するために提供される、長期的な性質を持つ資金でなければなりません。ベンチャーキャピタルは世界で一般的な投資モデルですが、日本ではまだ広く活用されていません。しかし、私たちの目標は国際的なものであり、目指しているイノベーションの幅を構築するために、スタートアップ・アクセラレーター・プログラム、インキュベーションラボ、世界に知られるイノベーション・パークを通じて、日本政府からの助成金とは別に、大規模なベンチャー・キャピタル・ファンドの確立に向けて進めています。そのために、先日、グローバルな投資家のリーダーたちを国際文化会館の東京オフィスに招待しました。投資家の協力を得て、OISTのスタートアップ支援の拡大及びミッション達成に必要となる知識と資金を構築することを目指します。

Gruss at Tokyo Meeting

 

謝辞

2020年は、逆境に直面した中でOISTが発展した年となりました。新型コロナウイルス感染症による様々な困難にもかかわらず、テニュアの教授から新規採用の派遣職員まで、OIST教職員の一人ひとりの仕事が、国内外におけるOISTの知名度と評価を大きく向上させてくれました。このような各部署における一人ひとりの努力のおかげで、日本政府が今後10年間の財政支援の在り方を検討する際にも、OISTは政府からの信頼を引き続き得ることができているのです。そして最終的には、尾身幸次氏とシドニー・ブレナー博士が思い描いたOISTのビジョンに向けて次の成長ステージに進んでいく中で、OISTが繁栄し続け、世界中から卓越した優秀な人材を呼び込む力を与えてくれているのです。   

皆様、今年一年ご苦労様でした。年末年始はどうぞゆっくりとお休みください。年が明けてキャンパスに戻った後は、皆様と一緒に全力で進み、2021年に達成する素晴らしい成果を見ることを楽しみにしています。

 

ピーター・グルース
学校法人沖縄科学技術大学院大学学園理事長
沖縄科学技術大学院大学学長