動的システムグループ
研究の目的
脳の注目すべき機能の一つとして、時々刻々と変化する動的な環境でも経験を通して適応する学習能力があげられます。動的システムグループでは、数理的合理性というキーワードのもとで、脳はどのようにしてこのような学習機能を実現しているのか、また、脳と同じような学習機能を機械で実現するためにはどのようなアルゴリズムが必要となるのかを探求しています。
研究テーマ
1. 皮質線条体シナプス可塑性のシグナル伝達モデル
大脳基底核の主要構成要素の一つである線条体は、大脳皮質からのグルタミン酸と黒質からのドーパミンの2種類の入力を受けており、グルタミン酸入力の伝達効率はドーパミンの入力強度によって増強、減弱します。また、この可塑性は、意思決定時における状況の良し悪しの評価(報酬予測)に大きく関与するということが近年の神経生理実験で示唆されています。では、このシナプス可塑性はどのような生体分子間相互作用の結果としてもたらされているのでしょうか?数理的な観点からこの疑問に対する一つの答えを導こうと、我々は生化学実験の知見を基に神経細胞内シグナル伝達の動力学モデルを構築し、計算機シミュレーションを通してその力学的解析を行っています。
参考文献
- N中野高志, 土居智和, 吉本潤一郎, 銅谷賢治. (2007). 線条体シナプス可塑性の分子機構のシミュレーション研究, 情報処理学会研究報告「バイオ情報学」, 2007-BIO-009, pp.55-62.
2. 生化学反応系のベイズ的システム同定法の開発
代謝、細胞分化や神経細胞のシナプス可塑性など生命現象を司る分子機構の解明は、生命科学における重要な課題の一つです。近年、この課題に対する一つのアプローチとして、生理実験的知見から構成要素間の相互作用を包括的にモデル立て、計算機シミュレーションを通して動的な生命現象を再現・予測・解析しようとする構成論的研究が進められてきています。このような構成論的アプローチでは、シミュレーションの動的特性を決める反応速度係数や酵素反応係数などのパラメータ設定を適切に設定する必要がありますが、データベースや文献などの情報源に報告されていないパラメータも多く存在し、これらは最終的に研究者の経験的な勘やランダムサーチによって設定されることも少なくありません。そこで、本研究では、ベイズ推定法と呼ばれる確率的情報処理の手法を用いて、利用可能な実験データと問題に関する事前知識を客観的に統合し、未知のパラメータを自動推定する手法の開発に取り組んでいます。
参考文献
Yoshimoto, J. and Doya, K. (2007). Bayesian system identification of molecular cascades. in the 14th International Conference on Neural Information Processing, FAA-5, Kita-kyushu, Japan, 13-16 November, 2007.
3. 高次元入力強化学習課題のための適応的状態空間構成法
我々の意志決定は脳の持つ高度な汎化・特化能力に支えられています。時々刻々と変化する膨大な感覚刺激から意志決定に必要となる情報を抜き出し、行動選択に繋げるプロセスには、未だ解明されてない点が多く残ります。近年、脳は環境の持つ統計的性質の単純な抽出だけではなく、報酬や行動に関する情報も踏まえて環境を汎化・特化しているということが動物実験によって示唆されています。そこで我々は、生物の持つ柔軟な汎化・特化能力を機械で実現するため、強化学習と統計機械学習の枠組に基づき、報酬や行動に依存した環境汎化アルゴリズムの開発に取り組んでいます。