Issue 3 2023年3月 メンタルヘルスとウェルビーイング
今月のトピック:メンタルヘルスとウェルビーイング
組織の業務効率や生産性は、構成メンバーの精神的な健康と幸福度によって大きく左右されます。大学コミュニティのメンバーは、自分自身のウェルビーイングを優先課題とし、また周囲の人々のウェルビーイングをサポートするよう奨励されるべきでしょう。 ストレスの累積的な影響、または特定の急激なストレス要因は、個人の肉体と精神に被害を与える可能性があります。また、マイクロアグレッション、いじめやハラスメント、偏見による諍いなども、長期的に有害な影響を及ぼします。学習、研究、仕事のためのインクルーシブな環境を作ることは、ウェルビーイングを促進するための基礎となります。また、発達障害のあるコミュニティのメンバーへの偏見や非難を防ぎ、彼らのニーズをサポートする状況を支援するためにも不可欠です。インクルーシブな環境では、「個人と個人の違いを、人々の生活や学習を豊かにする多様性の源として捉える」(Hockings, 2010)のです。
科学的根拠
精神的な健康問題は、毎年、成人の5人に1人という高い割合で発症しています。このような有病率を考えると、誰しもがOISTに在籍している間に精神的な問題を経験する可能性もありますし、ウェルビーイングが損なわれている学生や同僚と交流する可能性もあります。さらに、教育の分野では、『教員の心理的幸福』と『学生の精神的健康』との間に強い相関関係があることが分かっています。教員の幸福度が低いと、仕事への満足度やパフォーマンスが低下し、学ぶ側の学生にとってマイナスの教育結果(成績評価の低下や定着率の低下など)につながることが知られています。大学組織はセルフケアに焦点を当てた科学的根拠に基づくプログラムや、ウェルビーイング意識の啓発などにより能動的にメンタルヘルスの問題に介入することができます。それにより個人にとってより有用な対処法を知り、互いに困っている人に手を差し伸べ、コミュニティとして偏見や批判的な視点を克服していけるという、前向きな考え方をもたらすことにつながります。
また自分自身や仲間・同僚の健康を確保するために、大学組織が必要な知識やスキルの習得を支援・促進することが不可欠です。OISTのような多様な社会文化的背景の中でウェルネスを促進する体系的な取り組みは、個人間の調和とつながりを深め、同時に自己効力感、主体性、内省、適応力を高めることにつながります。OISTが行っていることの優れた例として、「がんじゅうウェルビーイングサービス1」のウェブページをご覧ください。ウェルビーイングに関連するあらゆるサービスを提供しています。
幸福度・ウェルビーイングを向上させるための支援や介入の目的:
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メンタルヘルス・ウェルビーイング心理教育
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多様性や異質な相手に対しての非難や偏見を減らす、無くす
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セルフケアや自らバランスをとる術を身に着けるなど、コミュニティ全体の良好な精神衛生(メンタルヘルス)に関する啓発・維持
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(気軽に)自ら支援を探せる・求められる行動変容と効力感の向上
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今日からできる実践方法
あなたができる4つのアクション:
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自分の健康に気を配る(例:睡眠を優先する、人とのつながりや人間関係を大切にする、十分な運動をする)
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自分の所属する研究室やセクション、そしてOISTのコミュニティにおいて、ウェルビーイングを損なうような問題がどのような場合に発生するのかについて、知識を深める
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学生や同僚と、ウェルビーイングが損なわれてしまうかもしれない状況・環境を明示することで、意識を高める
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受け入れる姿勢を自ら示し、コミュニティ全体がウェルビーイングに関する個々の違いをより容易に受けとめ、尊重することができるようサポートする
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人の話をよく聞く
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もう一つの非常に効果的な介入は、心理的応急処置です。これは、ストレスのある時に適用するために、簡単に学ぶことのできる非常に利用しやすいスキルです。この手法は根拠に基づくもので、広く普及しています。災害現場での救急隊員に推奨されることが多いのですが、このような応用知識は教育現場でもそのまま活用することができます。ジョンズ・ホプキンス公衆衛生大学院では、このテーマでCourseraのコース2も作成されています。
心理的応急処置の構成要素
教育と指導の感情的な負荷を考えると、教育現場における精神衛生(メンタルヘルス)と幸福に関する知識の重要性は増すばかりです。最近の論文で、Hsu and Goldsmith (2021)は、「大学のSTEM(訳注・理系)学生のストレスや不安を軽減するための講師の戦略」を調査しているが、これらの戦略の多くは、一般的な大学において同僚と働くことにも容易に応用することができます。彼らの論文のP.3から、有用なチャートを紹介します:
カテゴリー |
戦略 |
概要 |
自己学習と行動するための準備 |
根本的な精神衛生上の課題を認識する |
メンタルヘルスの根本的な問題に精通し、必要に応じて学内の支援リソースを学生に紹介すべきケースや適切なタイミングを知る |
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学内の支援リソースを知り、宣伝する |
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学生とのつながり |
学生の名前を呼ぶ |
ネームテントを使うなどして学生の名前を覚え、学生と情緒的なつながりを増やすことで、教員と学生との親密性を高める |
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学生と共感し、対人関係の機会をもつよう意識する |
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ユーモアの意識的な利用 |
教室の雰囲気を前向きにするために、適切なユーモアを用いる。 |
教室内で互いに後押しをしたり励ましあえる雰囲気を作る |
不安を最小限にするために、アクティブ・ラーニングの戦略を立てる |
アクティブ・ラーニングのストラテジーの中には、ストレスを増大させるもの(例:コールドコール)があることを認識し、アクティブ・ラーニングのテクニックを使用する際には、グループを注意深く構成したり、学生が自分でグループを形成できるようにするなど、不安を軽減するための措置を講じる |
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学生のグループを結成する際は、慎重に行う |
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インクルーシブで公正な教室を作る |
すべての学生が参加できるよう配慮し、公正に扱われる教室環境を推進することを明確にする。マイクロアグレッションやステレオタイプの脅威をもたらす言葉遣いを注意して避ける |
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言葉選びは慎重に |
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テストへの不安を軽減する |
高得点テストを削減または変更する |
不安を煽るような高得点テストを減らすため、別の評価手段を組み込んだり、ストレス軽減のために試験の構造を変更したりする。 |
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授業への介入を行う |
学生のストレスを軽減し、パフォーマンスを向上させるために、不安について書かせるなど、具体的な介入を行う |
効果的な学術スキルの促進 |
効果的な学習習慣と時間管理スキルを教える メタ認知能力を発揮する グロースマインドセットを養う |
効果的な学習戦略と成長に対する姿勢を促進し、学生が向上できると認識できるようにする |
参考文献と関連資料
Doyle, N. (2020). Neurodiversity at work: a biopsychosocial model and the impact on working adults. British Medical Bulletin, 135(1), 108.
Hockings, C. (2010). Inclusive learning and teaching in higher education: A synthesis of research. York: Higher Education Academy.
Hsu, J. L., & Goldsmith, G. R. (2021). Instructor strategies to alleviate stress and anxiety among college and university STEM students. CBE—Life Sciences Education, 20(1), es1.
Kitchener, B. A., & Jorm, A. F. (2008). Mental Health First Aid: an international programme for early intervention. Early Intervention in Psychiatry, 2(1), 55-61.
1: https://groups.oist.jp/ganju