海への贈り物-第1部:OISTにおけるサンゴ礁保全の取り組み

今日の寄付が、科学による明るい未来を切り拓く

2020年11月

沖縄の沿岸に位置するOISTは、学生や教員が海洋生態学や海洋生物学を研究するのに最適な場所です。マリンゲノミックスユニット、海洋生態物理学ユニット、海洋生態進化発生生物学ユニットおよび海洋気候変動ユニットなどは、海洋科学の教育、学習、および研究のための素晴らしい機会を提供しています。 

海洋科学におけるOISTの画期的な研究は、過去10年間に複数の寛大な支援者の関心を集めてきました。シドニー・ブレナー元理事長はOISTを退職する際に、米国マサチューセッツ州ウッズホール海洋生物学研究所への留学費用など、OIST博士課程学生の研究を支援するための寄付金を贈呈しました。このような寄付は、OISTへの寛大な政府補助金を補完しています。 

この記事では、OISTにおけるサンゴの研究と保全(第1部、下記)、そして海洋生態系と気候変動の研究(第2部、12月予定)について、これらの重要な取り組みを支えるフィランソロピー活動と合わせて、二部構成で詳しくご紹介していきます。

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沖縄のサンゴ礁は、過去数十年間に甚大な環境ストレスを経験してきました。しかしこれは、日本特有の問題ではありません。オーストラリアや世界の他の地域のサンゴ礁も危険にさらされています。

沖縄の人々の中には、色とりどりのサンゴでいっぱいの美しいエメラルドグリーンの海を覚えている人たちもいるでしょう。しかし、それは40年以上も前のことです。それ以降は、サンゴ礁は過剰開発や赤土汚染、サンゴの天敵であるオニヒトデの大量発生などにより、脆弱性を増しています。 

サンゴ礁群集の最北端に位置する沖縄は、他の海域と比べると海水温は低く保たれていますが、それでも、気候変動の影響によるサンゴ礁の大規模な白化の運命からは逃れられませんでした。1998年には沖縄のサンゴ礁の80〜90%が、海水温の上昇のため死滅したと推定されています。環境省の最近の報告によると、沖縄にある国内最大のサンゴ礁海域「石西礁湖」の91%以上が2016年に白化したと伝えられました。サンゴが減少すると、サンゴに生息する100万種を超える海洋生物にも悪影響を及ぼします。 

このような憂慮すべき状況に直面し、沖縄の地方自治体や保護団体は、消滅しつつあるサンゴ礁の再生に向けて全力で取り組んでいます。恩納村漁業協同組合(沖縄県漁業協同組合連合会)は、サンゴの養殖と海への植え付けを行っています。漁協では海に生息しているサンゴの断片を採取後、人口の基板に移植し、保護された水槽で育ててからサンゴ礁に戻しています。漁師からサンゴの養殖家となった担当者たちは、10年間で1,000本のサンゴの植え付けを目指しています。天然サンゴと養殖サンゴの生育環境を整えるため、地元のダイバーたちは数年かけて150万匹以上のオニヒトデを手作業で駆除しました。 

これらの取り組みと同様に、サンゴの脆弱性や回復力を理解するための科学的研究も、サンゴの未来にとって必要不可欠です。 2011年、佐藤矩行教授率いるOISTマリンゲノミクスユニットは、世界で初めてサンゴのゲノム解読に成功しました。サンゴのDNAに関するこの画期的な知見は、どの種のサンゴが白化に対してより抵抗力があるかを示し、サンゴ礁内の遺伝的多様性を確保するのに役立ちます。 

2014年には、研究チームは沖縄県のサンゴ礁保全再生事業にDNAマーカー技術を導入しました。DNAマーカーを使用することで、海水温の上昇など破壊的な要因に直面しても、サンゴが従来のような影響を受けないよう、サンゴ礁内の個体群の遺伝的多様性を高めることが可能になります。 

またマリンゲノミックスユニットは、サンゴに共生する褐虫藻(共生藻)の遺伝子の同時解析を世界で初めて行いました。この解析は、宿主であるサンゴと光合成を行う褐虫藻、そしてサンゴの健全性と生存に不可欠である微生物群との関係のさらなる解明に役立っています。 

2015年までに、佐藤ユニットではサンゴのゲノム研究成果を足掛かりにして、オーストラリアや沖縄近海のサンゴ礁で生息密度が大きく変化することで知られるオニヒトデの研究に着手しました。 

このパイオニア的な研究と地域と連携した研究ユニットの活動は、茨城県の今野様御一家の関心を集めました。御一家はこれまでOISTとの接点はありませんでしたが、大学で行われている研究の重要性を認識し、サンゴの研究活動に500万円のご寄付を希望されました。御一家にとって、沖縄の美しいサンゴ礁はいつまでも忘れられない思い出であり、御家族の方がお亡くなりになられた際、追悼の寄付として佐藤教授と研究ユニットに寄付を贈呈されました。

このご寄付について今野様は次のように述べられています。「16年間、毎月のように沖縄を訪れていた時期がありました。沖縄のサンゴは本当に感動的で、その思い出をぜひ家族とも共有したいと思いました。この寄付が私たち家族全員の心を一つにして、いつまでも美しい海と環境を守ることに役立てられることを願っています。」 

また、佐藤教授は次のように謝意を述べています。「サンゴと周囲の生態系に生息する海洋生物のゲノム研究を支援する、御一家の心のこもったご寄付に深く感謝します。サンゴの生態の基本的性質をより深く理解できるとともに、そこで得られた科学的知見を活用して、地域社会が効果的にサンゴ礁の保全・再生活動ができるよう支援することが可能になります。」 

今野様御一家やその他の基金をもとに、研究チームは地元の漁業者と共同でサンゴの養殖を続けています。2017年から2020年にかけて、佐藤ユニットはサンゴとオニヒトデの進化の歴史における新たな発見について、権威ある国際学術誌に多数の論文を発表しました。この研究は、特にサンゴ礁での生態系破壊の減少に役立つ可能性があります。 

OISTでは、OIST財団と連携して、海洋科学教育にも幅広く取り組んでいます。今年初めに財団のオンラインセミナー、日米科学シナジー・シリーズが日米友好基金からの助成金によって開催されました。「サンゴの未来:米国と沖縄における気候変動とサンゴ礁」の講演では、OIST海洋気候変動ユニットのティモシー・ラバシ教授が、気候変動がサンゴ礁に与える影響に関する日米の最先端研究について発表しました。ラバシ教授は、国際交流基金日米センターの助成により、12月に開催されるオンラインセミナー「気候変動の時代における海洋の未来」でも講演する予定です。

沖縄では、全世界の4分の1の数となる約200種のサンゴが確認されています。この10年間、OIST、沖縄県、関係者の総力を結集して沖縄の海の保全に努めてきた結果、沖縄の海はかつての美しさと多様性を取り戻しつつあります。しかし、気候変動危機はその進展を後退させる恐れがあります。 

シリーズ第2部では、気候変動危機に対するOIST研究者たちの取り組みと、その研究が海洋に与える影響について取り上げていきます。

エミリー・ワイスグラウ、ジェ・パン
翻訳:リンダール 明子、冨村 ゆう子