外来アリ研究プロジェクト

概要

アリ類は、私たちに最も身近な生き物のひとつであるだけでなく、自然界の中ではその数と社会性で他の生物を圧倒し、色々な環境の中で捕食者として、餌種として、植物の受粉や分散者として、はたまた土壌の改良者として、実に多様な役割を担っています。地域には、長い歴史の中で発達したアリ達やそれを含めた生態系の絶妙な均衡あります。しかし、人の活動によって持ち込まれた外来種によってこれがかき乱されると、地域の自然は時として大きくバランスを崩し、私たちの生活にも悪影響が出ることがあります。

OKEON美ら森プロジェクトでは、沖縄の生態系や地域社会にとって脅威となり得るヒアリやアカカミアリ、アルゼンチンアリ、ハヤトゲフシアリといった侵略的な外来アリの監視や防除についての研究を行っています。本研究は、沖縄科学技術大学院大学(OIST)の研究資金のほか、沖縄県自然保護課からの事業委託や環境省の環境研究総合推進費の助成を受けて実施されています。

ヒアリSolenopsis invictaおよびアカカミアリSolenopsis geminataの監視と防除技術の研究

2020年9月現在、幸いなことに沖縄でヒアリは発見されていませんが、本州の港では定着が疑われる事例が増えていることや、台湾北部ではすでに定着拡散していることから、沖縄県内へのヒアリの侵入はいつ起こっても不思議ではない状況が続いています。私たちOKEON美ら森プロジェクトでは、その備えとして、早期発見のための監視技術の開発と実践、早期防除のための体制づくり、そして沖縄の皆さんとの情報発信と共有についての研究を実施しています。

1.ヒアリ早期発見のための同定技術開発と調査法の開発

ヒアリと沖縄のアリの見分け方、
ヒアリが好きな餌、
ヒアリを発見するのに効率の良い調査法、

これらは、すべてヒアリの早期発見に向けて必要な情報や技術です。OKEON美ら森プロジェクトでは、沖縄県の行政事業や環境省を始めとした関係機関と連携して、基礎的な技術の開発と検証を進めています。

ヒアリと沖縄のアリの見分け方は?

沖縄で普通に見られるアリの多くは、本州では見られない種類で、その逆に本州の普通種の多くは沖縄にはいません。沖縄でヒアリを見分けるには、「沖縄のアリとヒアリの違い」を整理する必要があります。私たちのプロジェクトでは、本州の港でヒアリが発見されたあと、速やかに見分け方を研究して資料を作成し、活用しています。活用の一例として、沖縄奄美自然環境事務所および沖縄県と協力して、沖縄版ヒアリ注意のチラシを作成しました。

・チラシ『ヒアリ!?ハッと思ったらまずチェック!!』【PDF 1.6MB】
http://kyushu.env.go.jp/naha/Fireant.pdf
(奄美沖縄自然環境事務所、沖縄県自然保護課、沖縄科学技術大学院大学(OIST) OKEON美ら森プロジェクト作成)

ヒアリが好きな餌はなに?

地上を歩く小さなアリを監視したりその増減を調べたりするには、餌によっておびき寄せる方法がよく使われます。そのためにはまず、調べたいアリがどのような種類の餌を好むのかを知ることが大切です。ヒアリが好む餌であればあるほど、そのヒアリ調査法の信頼性は高くなります。そこで私たちのプロジェクトでは、実際にヒアリが多く定着する台湾北部に出かけ、国立台湾大学の協力を得てヒアリが好む餌を解明する野外実験を実施しました。その結果をもとに沖縄県内では、ヒアリ監視調査が実施されています。また、それらをまとめて作成した誘引調査マニュアルが「沖縄県ヒアリ対策総合マニュアル」にまとめられて公開されています。

「沖縄県ヒアリ対策総合マニュアル」
資料1 誘因餌トラップ調査方法(PDF:610KB)https://www.pref.okinawa.jp/site/kankyo/shizen/hogo/documents/shiryou1.pdf
(沖縄県環境部自然保護課HPより)

効率の良い調査法は?

侵略的な外来アリ類を監視するには、ヒアリが好む餌を使った誘引法をはじめ、羽アリを対象にしたトラップ(SLAMトラップ)や、区画内のアリを網羅的に採集する単位時間採集法(TUS)など、監視対象アリ類の多様さやその侵入段階に応じて、複数の調査方法をうまく組み合わせて実施することが大切です。私たちのプロジェクトは、それぞれの調査法にはどんな特徴があるのか、どういう場面でどういう組み合わせが効果的なのかを、沖縄や台湾で実施した実際のヒアリ調査やその結果をもとに考察しました。沖縄県外来種事業(ヒアリ等対策)の報告書に公開されています。

平成31年度外来種対策事業(ヒアリ等対策)報告書
第2章 ヒアリ等の監視技術・体制の確立(その3)(PDF:3,534KB)https://www.pref.okinawa.jp/site/kankyo/shizen/hogo/documents/h31hiari-2-3.pdf
(沖縄県環境部自然保護課HPより)

2.ヒアリ早期発見のための体制づくりと地域社会との情報共有

ヒアリの監視や発見時の防除は、ひとつの研究機関やプロジェクトで負えるものではありません。この実施には行政や他の研究機関、そして地域全体との協力体制を作って臨むことが必要です。OKEON美ら森プロジェクトは、研究者の立場から、

行政横断的な協力体制づくり、
行政職員や事業者向けの研修プログラムの開発、
市民向けの講座プログラムの開発、

などを通して、沖縄地域をヒアリ侵入定着から守る体制づくりに貢献しています。この活動を通して得られるノウハウは、ヒアリだけでなく、2020年に沖縄での定着が初確認されたハヤトゲフシアリの防除と監視でも活かされています。

行政横断的な協力体制づくり

今後沖縄でヒアリが発見された場合、どこどこで発見された場合には、どの機関がそれに対応するのか?というのを前もって想定しながら、それに沿った協力体制を作っておくことがとても大切です。例えば全国のヒアリ発見ニュースでよく耳にするコンテナヤードは、厳重に管理されていて、通常研究者や管轄外の行政機関が入れるような場所ではありません。こうした場合、コンテナヤードを管理する行政や事業者と協力体制を作っておくことが、監視と防除の第一歩になるわけです。私たちのプロジェクトは、アリ類専門家の立場から万が一の場合に必要となる対策を整理して提案し、協力体制づくりを支援しています。また、行政がヒアリ対策に取り組むための参考資料として、ヒアリの侵入定着によって予想される沖縄での被害額を沖縄県環境科学センターとともに算定し、これを発表しました。

沖縄県におけるヒアリの侵入・蔓延時に推定される経済的損失
青山夕貴子、吉村正志、小笠原昌子、諏訪部真友子、エバンP.エコノモ
日本生態学会誌70:3-14(2020)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/seitai/70/1/70_3/_article/-char/ja/

また、沖縄における体制づくりにその先進的な取り組みを参考にするためヒアリ根絶に成功したニュージーランドを視察し、ヒアリ発見から根絶までのプロセスや、社会全体で外来種問題に取り組むための行政システムを学び、報告書としてまとめています。

平成31年度外来種対策事業(ヒアリ等対策)報告書
第3章 ヒアリ等の防除技術・体制の確立(PDF:3,082KB)
https://www.pref.okinawa.jp/site/kankyo/shizen/hogo/documents/h31hiari-3.pdf
(沖縄県環境部自然保護課HPより)

ニュージーランドにおけるヒアリ対策
吉村 正志 
港湾, 97: 18-21(2019年5月号) .
https://www.phaj.or.jp/kouwan/old_index/index202005.html

行政職員や事業者向けの研修プログラムの開発

沖縄県内では、ヒアリが発見された場合、その最前線に立つ保健所を始めとした行政職員や各市町村担当窓口の皆さん、港湾や物流事業者の皆さん向けに、行政機関が手分けして研修を実施しています。私たちのプロジェクトは、専門家の立場からヒアリの現状や想定される被害、そして沖縄のアリ類からヒアリを簡単に見分ける方法を盛り込んだヒアリ同定研修プログラムを開発し、提供しています。

港湾関係者向けの講習会の様子
https://groups.oist.jp/ja/oerss/post/2020/06/04/oerss012

市民向けの講座プログラムの開発

ヒアリを監視すると言っても、行政や研究機関が監視できる範囲には予算や人員の制限から限界があります。また、ヒアリや外来種の問題はこれからもずっと続くものです。早い段階で発見対処するために欠かせない、長期間にわたる広い範囲での監視には、市民の皆さんの協力が必要になります。私たちのプロジェクトでは、ヒアリの見分け方を始めとした、外来種に関する専門的な知識を楽しく学べるプログラムを開発し実践しています。これらの試みは、北海道大学CoSTEPや帯広畜産大学と共同して実施する、外来種対策に欠かせない情報発信や普及手法に関する研究という側面も持っています。
これまでに、

・小学生向け同定イベント「あなたも今日からアリ博士?」https://groups.oist.jp/ja/oerss/post/2020/05/26/oerss011

・高校生以上向け一般サイエンスワークショップ「足もとの生き物の多様性と外来生物 あなたはヒアリを見分けられますか?」、

の2つを開発して実践、対象者と目的を明確にしたプログラムで効果を上げています。
また、アリ類調査パッケージを活用した沖縄県内の高等学校との共同研究も、間接的にアリ類の専門的知識を持った人材の輩出に大きく貢献しています。

ハヤトゲフシアリLepisiota frauenfeldiの駆除とモニタリング技術の研究

2017年に名古屋港で初確認され、その後東京、大阪、福岡、鹿児島、兵庫で次々と定着が確認されているハヤトゲフシアリが、2020年の環境省調査で沖縄本島にも定着していることが確認されました。物流に載って急速に分布を拡大し、諸外国では生態系への影響も報告されているため、拡散して被害が出る前に駆除することが沖縄の生態系を守るためには必要です。その一方で、ハヤトゲフシアリに関する情報は限定的で、効果的な防除のためには必要な駆除やモニタリング技術を同時並行で開発していく必要があります。
OKEON美ら森プロジェクトでは、ヒアリ対策のノウハウを活かして環境省を始めとした関係行政機関などと協力体制を作っています。また、国道沿い2kmにおよぶハヤトゲフシアリ定着エリアに対しては、琉球大学昆虫学研究室と那覇市環境部環境保全課および民間会社と協力し、沖縄奄美自然環境事務所と連携しながら最新研究知見を使った防除とモニタリングの実施と、そのデータに基づいた技術改良に取り組んでいます。

生態系崩す「侵略的外来アリ」駆除へ 沖縄で巣ごと作戦スタート

https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/620115

沖縄タイムス+プラス 2020年8月22

 

OKEON Ant Survey from OIST on Vimeo.

 

その他の外来アリの研究

ヒアリやハヤトゲフシアリ以外にも、物流に乗って沖縄には色々な外来アリが侵入してきます。こうした侵入外来アリに対しても早期に発見し、その影響を評価したり対策のための技術開発をしたりする研究を実施しています。
2019年には特定外来生物指定のアルゼンチンアリLinepithema humileが沖縄で初めて発見され、関係機関と協力してそれを報告しました。

Linepithema humile

「環境科学セクション」トップページへ

「OKEON美ら森プロジェクト」トップページへ