博士論文 - 規範 (Normativity)

By Laura Alejandra MOJICA LOPEZ

 

認知科学と心の哲学では、以下の2つの根本的な疑問が明示されています。行為主体による環境の理解を可能にしているのは何か。それはどのように行われているのか。いずれの疑問からも、規範という側面が暗示されます。環境を理解するということは、一つには、関連性のあるものとないものや、便利なものと不便なものなどを識別し、それに応じて行動することを意味します。すなわち、認知性行為主体であるということはその行動の指針となる規範的視点を持つということを暗示し、そこから行為主体自身の目的に応じて、環境の複数の側面が識別されるということになります。その一方で、行為主体は認知プロセスに失敗する可能性があり、そのことを認識している場合も認識していない場合もあります。このことからは、認知のプロセスおよび行動は、外部からの公的な規範的基準の対象となり、それによって、行為主体が失敗しかた成功したかを他者が判断できるようになる可能性があることが暗示されます。これは、他者が実際に行為主体のパフォーマンスを評価する、またはこれらの基準が自然の法則のように行為主体の行動を決定するということを意味するものではありません。むしろ、外部基準によって、行為主体の印象を超えた、成功と失敗の条件が確立されなければなりません。これらの2つの側面は、認知機能において極めて重要な2つの特徴を示しています。すなわち、行為主体はその環境に無関心なのではなく、行動の指針となる規範的視点を持ち、そのような行動が成功する場合も失敗する場合もあり得るのです(Mojica, 2020)。

心の自然化論では、上記で特定した2つの側面を持つ規範的行動がどのように生じるかを説明できる必要があります。本プロジェクトでは、エナクティビズムが提唱する理論を明確に示し、詳細に検討します。認知科学におけるエナクティビズムが文献で提唱している一つの側面は、オートポイエーシス理論を歴史的ルーツとする、認知へのエナクティブなアプローチです。エナクティビズムでは、行為主体は環境という視点を自律的に確立し、何が自己のアイデンティティーに貢献し何が脅威となるかが行動の動機となります。行為主体のアイデンティティーは、代謝/生物学的側面、感覚運動的側面、さらにヒトの場合には社会文化的側面で構成されています(Di Paolo, Buhrmann, & Barandiaran, 2017)。このアプローチによると、規範的視点は生物の構成要素そのものから生じ、認知行動は、自己のアイデンティティーの脅威となる傾向に対抗するために行為主体が選択する相互作用であると定義されます(Barrett, 2017, 2019; Weber & Varela, 2002; Barandiaran, Di Paolo, & Rohde, 2009; Barandiaran & Egbert, 2014)。これとは対照的に、精神的表現およびその内容への、ラジカルなエナクティビズムおよび目的論的アプローチでは、規範化の根本的な起源は進化スケールでの選択であると主張しています。このような理論では、外部の規範的基準は、種の歴史または行為主体が属する人間社会の共同生活の歴史において選択された特性および行動によって確立されるとしています(Hutto & Myin, 2013; Millikan, 2020)。

規範に関して、行為主体の自己のアイデンティティーを中心とする考え方と、歴史上の選択を中心とする考え方の間には、重要な合意点があります。すなわち、いずれの考え方においても、規範は、行為主体が選択した行動が、個人または進化スケールで、自身または種に与える現実的な可能性や結果であると定義されています。両者は類似しており相補的である可能性があるにもかかわらず、自然化につながる、規範の統一された概念は存在せず、もちろん、これらの規範の自然化の提唱の存在論的影響も詳細に検討されていません。

本プロジェクトでは以下のことを行います。まず、認知的規範の概念として、自然化され、基本的な最小限の認知形態および複雑な認知形態の両方を含む概念を確立することが必要です。規範の実用的な概念によって、最小限および複雑な形態の認識を、連続体を形成し、異なる生物において異なる方法で実現されているにもかかわらず、本質的な目的の実現および失敗または成功の対象となるという共通の特徴を有する自然現象として理解することが可能となるという作業仮説を立てます。規範をこのように説明することで、認知科学における規範の自然化のプロジェクトが満たすべき条件が設定されます。次に、認知規範に関する利用可能な自然化的説明を、先に設定した基準に従って検討します。エナクティビズムは、規範的視点と外部からの規範基準が、どのようにして生物の構成要素と同時に生じるかを説明します。しかし、規範のこれら2つの側面が、認知の特性としてどのように区別されるかは、エナクティビズムでは説明されません。進化に重点を置いた、ラジカルなエナクティビズムや目的論的意味論などでは、これらを区別することが可能です。すなわち、進化の歴史が、特定の個人の行動を正しいまたは誤ったものとする外部からの規範基準を設定します。生態心理学が、規範のエナクティビズム的説明と進化的説明の両方を総合する可能性があります。生態学的アプローチによれば、行為主体は世界を行動の可能性と認識しており、その可能性は、種および行為主体が属する生命形態によって共有されるスキルによって確立されます(Rietveld, 2008;Rietveld&Kiverstein, 2014)。認知への生態学的アプローチにより、規範のエナクティビズム的説明と進化的説明を統合し、プロジェクトの最初の部分で設定した基準を満たす、規範の強力な自然化的説明を構築することができます。しかし、そのためには異なる時間スケール、個人および進化が自然により許容される必要があり、その結果、自然が完全に決定論的ではないことが必要となります。本プロジェクトの最後のステップでは、自然を劣決定論に追い込むことになるこの結果を検討し、必要となる存在論に対応することが可能ないくつかの科学的選択肢を探求します。

 

参考文献

Barandiaran, X. E., Di Paolo, E., & Rohde, M. (2009). Defining agency: Individuality, normativity, asymmetry, and spatio-temporality in action. Adaptive Behavior, 17(5), 367-386. 

Barandiaran, X. E., & Egbert, M. D. (2014). Norm-establishing and norm-following in autonomous agency. Artificial Life, 20(1), 5-28. 

Barrett, N. (2017). The normative turn in enactive theory: An examination of its roots and implications. Topoi, 36(3), 431-443. 

Barrett, N. (2019). On the nature and origins of cognition as a form of motivated activity. Adaptive Behavior, 28(2), 89-103. 

Di Paolo, E., Buhrmann, T., & Barandiaran, X. E. (2017). Sensorimotor life: an enactive proposal. Oxford, United Kingdom: Oxford University Press.

Hutto, D., & Myin, E. (2013). Radicalizing enactivism : basic minds without content. Cambridge, Mass.: MIT Press.

Millikan, R. G. (2020). Neuroscience and teleosemantics. Synthese, 1-9.

Mojica, L. (2020). Reclaiming Meaning, Reclaiming Normativity. Constructivist Foundations, 15(3), 216-218. Retrieved from https://constructivist.info/15/3/216.mojica

Rietveld, E. (2008). Situated normativity: The normative aspect of embodied cognition in unreflective action. Mind, 117(468), 973-1001. 

Rietveld, E., & Kiverstein, J. (2014). A Rich Landscape of Affordances. Ecological Psychology, 26(4), 325-352. doi:10.1080/10407413.2014.958035

Weber, A., & Varela, F. (2002). Life after Kant: Natural purposes and the autopoietic foundations of biological individuality. Phenomenology and the Cognitive Sciences, 1(2), 97-125. doi:10.1023/A:1020368120174